アジアのサプライチェーン*、変革とこれからのポジション

ナショナリズムと地政学リスクが高まる現在、企業は柔軟なレジリエンス**を高めると同時に、国際的なサプライチェーンはより分散化・多様化していくものと思われます。中国依存からの脱却は容易ではなく、コストがかかる可能性がありますが、他のアジア地域を活用したサプライチェーンの再構築は可能です。コスト競争力、中国への距離的な近さ、アジア経済の高い成長力は、今日のアジアの主要なアドバンテージです。アジアがこれらのアドバンテージを活かし、これからのサプライチェーンで主要な役割を果たし続けるためには、気候変動への配慮とより多くの業務の自動化に取り組む必要があります。

* サプライチェーンとは、商品が消費者に届くまでの原料調達から製造、物流、販売といった一連の流れを、大きな供給(supply、サプライ)の鎖(chain、チェーン)として捉えたもののこと。
** 苦境から迅速に回復・復元・復活する力のこと。

新型コロナウイルス感染症拡大により、パスタからマスク、次世代通信規格の5G電話に至るまで、多様な商品の供給が一時的に途絶えた後、「企業は国際的なサプライチェーンをどのように構築するべきか」という議論が再燃しました。過去、サプライチェーンの構築においてはコストと品質が重視されてきましたが これからはレジリエンスがますます重要になると思われます。

サプライチェーンにおけるレジリエンス構築とは、特定の国・地域に依存するのではなく、広く分散化・多様化を図ることです。サプライチェーンの混乱がもたらす被害は、特定の国に限定されません。2017年の米国のハリケーン(イルマ)やプエルトリコのハリケーン(マリア)によってもたらされたサプライチェーン断絶は、数十億ドル規模の経済的損失をもたらしました。

中国–いまだに世界の工場?

中国は世界のサプライチェーンにおいて中心的な役割を果たしてきました。イーストスプリングの上海拠点のリサーチチームは、「中国の優位性は、労働力の安さと生産性の高さだけではありません。中国は数十年にわたり、物流コストを削減し、他国よりも高い生産性を有した総合的なサプライチェーンエコシステムを構築してきました。これにより、1人当たりの中国人労働者が創出する付加価値は、ASEANの労働者4人分に相当すると算定されています1。」としています。

したがって、中国が現在、世界の製造業の付加価値の4分の1を占めていることは驚くに値しません。(図表1)アップルCEOのTimCook氏は、アナリストとの最近の電話会議で、「最初の新型コロナウイルス関連の混乱の後、中国のサプライチェーンは速いスピードで回復に向かいましたが、このことは、中国のサプライチェーンの持つ高いレジリエンスの表れである」と述べました。

図表1:地域別に見た製造業が生み出す付加価値の割合(%)

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アップルは現在、主要製品の多くの組み立てを中国に依存しています。しかしながら、今後はベトナム、台湾、インド、米国がさらに重要な拠点となる可能性があります。

代替国としてのアジア

世界経済の多極化、米中貿易摩擦への懸念、地政学リスクの高まり、ナショナリズムの台頭などにより、いくつかの企業はサプライチェーンの一部を中国以外の国に移転せざるを得なくなる可能性があります。その場合には、他のアジアの国々が生産拠点となる可能性が高いでしょう。バンク・オブ・アメリカの最近の調査結果によると、多くの企業が中国に代わる現実的な選択肢として東南アジアを挙げており、同地域がサプライチェーン再編による最大の恩恵を被る地域の1つになることが示唆されています。(図表2)

図表2: 地域別にみた世界の企業が希望する移転先

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国際金融協会(IIF)は、「同じ産業セクター内で中国と同程度の生産効率を持つ国々は、中国の代替国となるのに、より適している」と考えています。図表3は各国の産業セクター別の輸出総額における自国生産割合を示しています2

ベトナムは、繊維製品の輸出で高い競争力を有しているようです。実際、ベトナムの繊維輸出は、2019年の米中貿易摩擦の間に金額ベースで前年比、約10%増加しました3。インドはiPhone組み立てなどの労働集約型の生産拠点として、より重要となる可能性があります。ベトナムも、AirPodsやAppleWatchなど、アップル周辺機器の主要な生産ハブとなることが可能です。図表3は、インドネシアとマレーシアは比較的、低機能・低価格帯の消費財の生産に競争力を有していることを示唆していますが、イーストスプリングのマレーシア拠点のリサーチチーム責任者であるLilianSeeは異なる主張をしており、「最近、半導体製造装置会社のラムリサーチと医療機器会社のスミス・アンド・ネフューによって製造施設がマレーシアに設立されましたが、これはマレーシアがバリューチェーン*を引き上げることができる 能力を持っている証」と指摘しています。

*製品の製造や販売、それを支える開発や労務管理など、すべての企業活動を価値の連鎖として捉える考え方のこと。

図表3: アジアの国別にみた主要な貿易品目別における自国生産割合

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米国に本社を持つ半導体製造装置会社のラムリサーチは、最近、マレーシアのペナンを米国、韓国、オーストリアを含むグローバル生産拠点に追加しました4。また、英国の医療機器会社であるスミス・アンド・ネフューのペナン工場で、医療機器の生産が2020年中に予定されています5。Lilianは、「マレーシアは医療機器業界の厳しい要求基準を満たした製品を製造することができ、これはマレーシアが強固で高品質なサプライチェーンを有する国であることの表れである」と見ています。

一方、現時点で高機能・高価格帯の製造業で競争力があるのは韓国と台湾だけです。台湾は、グーグルとアップルが最近、同国のデータセンター、システム統合、新ディスプレイ技術、チップセット、光エレクトロニクスへ投資したことを考慮すると、グローバルな技術系大手企業の研究開発にとって重要な場所になる可能性があります。また、タイは世界的な食品サプライチェーンで広く知られており、同分野では有力な競争相手がほとんどいないようです。

製造能力に加えて、ビジネスのしやすさ、政府の政策、インフラストラクチャーと労働力の質なども重要な考慮事項です。世界経済フォーラム(WEF)が発表する2019年版の「世界競争力ランキング」では、多くのアジアの国々は141ヵ国の中で上位50%に入っており、その中でも上位30位を多くのアジア国々が占めています。(図表4)

図表 4: 国際競争力ランキング(2019年、141カ国中)

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イーストスプリング・ベトナムの債券運用チームは、「ベトナムの製造拠点としての優位性は、豊富な若年層労働力、競争力のある賃金水準、政治的安定、政府の支援策にある」と考えています。米中貿易摩擦の高まりから始まった中国からのベトナムへの生産移転の動きは今後も続くとみています。

一方、イーストスプリング・グループのタイのTMBアセットマネジメント最高経営責任者(CEO)であるSomjinSornpaisarnは、「タイの高速鉄道ネットワーク、港湾、空港を東部経済回廊(EEC)開発の一環として構築する計画が、国の競争力を高めるのに役立つ」と考えています。EECは、過去30年間にわたり同国の工業生産力の源となってきた工業団地のあるタイのイースタン・シーボードの活性化を目指しています。Sornpaisarnは、「EECは、サプライチェーンの分散化・多様化を目指す企業にとって、有望な生産拠点である」と考えています。

ロボット化と自動化

サプライチェーンの分散化・多様化は、特に中国以外での展開を目指す企業にとっては、コストのかかるものになる可能性があります。企業がサプライチェーンを賃金の高い国に再配置する場合、ロボット工学と自動化は、コストを抑える上で大きな役割を果たすことになるでしょう。人工知能により、生産拠点の再配置、サプライチェーンの記録や追跡、完全自動化の製造工程管理、およびオンデマンドでの生産体制構築が容易となり、コスト効率が向上します。

ロボット・インダストリー・アソシエーション(RIA)によると、標準的なロボットシステムの導入により15年間のコストが初期費用25万米ドルと運用費用18.7万米ドルの場合、合計で350万米ドル程度の経済効果が期待できます。バンク・オブ・アメリカは、「ロボットがより手頃な価格となり、柔軟性が高まり、自律化が進むため、世界の産業用ロボットの設置が2025年までに500万ユニットに達する可能性があり、これは2019年の2倍の水準である」としています。現在ロボット業界の最大の顧客は自動車業界ですが、調査結果によれば、食品と飲料、ライフサイエンス、エレクトロニクス、および物流業界がロボットの恩恵を受けて、次の高成長分野になるとされています6。この傾向は、世界最大の産業用ロボット生産国である日本に利益をもたらすかもしれません。

さらに、半導体はコンピューターに不可欠なものであるため、アジアの半導体および関連業界も、今後の工場自動化とロボット技術の普及拡大の恩恵を受けると思われます。アジアには、中国は半導体パッケージング工程において最大国であり、台湾と韓国には世界でも有数な半導体製造企業があります。

気候変動問題への配慮

世界中で消費者は、サステイナブル(持続可能)な製品をますます好むようになっています。今後、二酸化炭素排出量を削減する取り組み、原材料の将来的な品質と入手に関する不確実性、ならびに労働者の福祉に対する懸念は、企業が製品を調達する先、および製造する場所を決定する際に大きな影響を与えると考えられます。

世界保健機関(WHO)、国際労働機関(ILO)、および国連開発プログラムによると、地球温暖化が進むと、暑さがもたらす労働生産性低下による世界の経済損失は、2030年までに2兆米ドルを超える可能性があるとしています。ドイツの非政府組織(NGO)「ジャーマンウオッチ」が発表した極端な気候変動や脆弱性を測定する「世界気候リスクインデックス2020」では、物理的な気候変動リスクの影響を最も受けている国としてフィリピン、タイ、ベトナムを挙げています。

アジアでは他にも気候関連の問題があります。例えば、ほとんどの先進諸国よりも化石燃料(石炭・石油・天然ガスなど)への依存度が高くなっています。こうした状況下、東南アジアでは、発電方法における太陽光・風力・地熱などの再生可能エネルギーの割合を2040年までに20%まで引き上げるという挑戦的な計画を立てています。ベトナムにおいても、2030年までに再生可能エネルギーの割合を25%に引き上げることを目標としています。

これからのサプライチェーン

変化のスピードは業種によって様々ですが、国際的なサプライチェーンはますます分散化・多様化していくでしょう。医薬品や医療機器など社会的に有用性の高い製品は、より近い場所で、または戦略的な提携により製造されることとなると思われます。各国は、特定のテクノロジー製品について戦略的にその位置づけを重要視し始めるかもしれません。

サプライチェーンの変更による新しい生産拠点の設備投資と営業費用を含む全体のコスト増、ロボットや自動化が活用できるようになるまでの人件費増については、企業と消費者の双方が負担することになるかもしれません。そしてこのことは、企業収益やインフレ率に長期的な影響を与える可能性があります。

中国は世界で2番目に大きい消費市場であり、企業の「顧客(消費者)の近くにありたい」という願望により、企業はアジア内で生産ラインを維持するものと思われます。アジアでは所得水準が上昇していることもあり、いくつかの企業はアジア市場にのみサービスを提供する域内に特化したサプライチェーンを構築しています7。一方でサプライチェーンの分散化・多様化は、中国にとってマイナスではないと考えられています。中国ではバリューチェーンを最適化し、「サービス」に重点を置く経済へと変化しています。

高いコスト競争力、中国への距離的な近さ、アジア経済の高い成長性は、今日のアジアの主なアドバンテージとなっています。アジアがこれらの優位性を活かし、これからのサプライチェーンで主要な役割を果たし続けるためには、気候変動への配慮とより多くの自動化に取り組んでいく必要があります。