eコマース:アジアの次なる成長を牽引

アジアは2019年の世界の電子商取引(eコマース)市場においてすでに57.4%のシェアを占めていますが、その割合はさらに大きくなることが予想されています。強固な物流ネットワーク、中間所得者層の台頭、金融インフラの改善や急速に進むイノベーションにより、アジアのeコマースの収益が高まり、国内総生産(GDP)成長率、生産性向上、経済的包摂を牽引することになるでしょう。

近年、世界中でeコマースの著しい成長が続いています。中間所得者層が増加し、インターネットの普及が進んでいるアジアはeコマースの成長の最前線にあります。アジアは2019年の世界のeコマース売上(BtoC*)の57.4%を占め1.11兆米ドルとなりました。Statista1によると、アジアにおけるeコマースの収益は2020年には1.36兆米ドル、さらに2024年には1.92兆米ドルに達し世界のeコマース市場の61.4%を占めることが見込まれています。 (図表1)

図表1: アジアは世界最大のeコマース市場(BtoC市場*)

図-1-アジア-ecom市場

*Business to Customer(企業と一般消費者の取引)
中国はeコマース市場の規模ではリーダー的存在ですが、eコマースの予想成長率では人口が世界第2位のインドと第4位のインドネシアにおいて今後数年間で2桁の成長が見込まれ、いずれも中国を上回っています。(図表2)

図表2: 急速な成長を遂げるアジアのeコマース市場(BtoC市場)

図-2-アジア-ecom市場

経済成長のための強力なエンジン

eコマースが生み出す経済的利益は際立っています。IMFシニアエコノミストのTidianeKindaは研究論文で、過去におけるeコマースの普及率が高い(GDPに対するeコマースの売上高の割合で測定)アジア諸国は、他国に比べてGDP成長率が高くなる可能性があると述べています。(図表3)

図表3: eコマースとGDP成長率の相関関係(2017年)

fig-3-growth-and-esales

eコマース関連企業では豊富な知識と革新的な労働力が必要とされる傾向があるため、企業の生産性と収益性を向上させると考えられます。このことは、eコマースに従事する世界の企業が総合的な生産性を14%向上させているとのデータでも裏付けられていますが、アジアではさらに高く30%となっています。(図表4)

図表4:eコマースに従事する企業が創出する 全要素生産性7(推計値)

fig-4-ecom-impact

eコマースを支える強固な物流ネットワーク

eコマースにおいてエンドユーザー(最終消費者)に商品を届けるには、国内や海外を問わず効率的な物流サービスが不可欠です。依然改善の余地はあるものの、アジアの物流サービスの効率性は過去10年間で大幅に向上しています。世界銀行の物流パフォーマンス指標(LPI)2では、同指標の上位50ヵ国のうちアジアが17ヵ国を占めています。

アジアでは、日本とシンガポールの2ヵ国がトップパフォーマンス国であり、アラブ首長国連邦、香港、オーストラリア、韓国、中国がそれに続きます。中国の物流パフォーマンスは急速に向上しています。中国の物流企業は、同国内の特定都市では12時間以内、全国3では24時間以内の緊急配送を行うことが可能となっており、eコマースは都市部で広く普及しています。

イーストスプリング・インベストメンツ・インドネシアの最高投資責任者であるAriPitoyoは、「インドネシアではインフラ改革により、物流コストが2015年の対GDP比27%から2020年には22%に低下した」と述べています4。インドネシア政府は、さらに2024年までに物流コストを対GDPの19%まで引き下げ、最終的には日本とシンガポールの水準に近づけるという野心的な目標を掲げています。この場合、物流コストはGDPの1桁の割合にまで低下します。

アジアとそれ以外の新興国市場を比較した場合、こうした強固な物流ネットワークにより、アジアのeコマース企業は拡大する中間所得者層から恩恵を受けられると考えられます。

中間所得者層の台頭

2015年以降、アジアの中間所得者層の人口は欧州や北米を上回っています。ブルッキングス研究所5によると、都市化が進むにつれてアジアの中間所得者層の人口は2020年の20億2,000万人から2030年には34億9,900万人に増加すると予想されており、世界の中間所得者層の消費の57%を占めることになります。中間所得者層の拡大は特に中国とインドにおいて顕著で、東南アジアがそれに続きます。ベイン・アンド・カンパニー6によれば、2022年までに新たに5千万人が東南アジアの中間所得者層に加わると予想され、3,000億米ドルに上る中間所得者層の可処分所得の創出に貢献すると考えられます。アジアは世界のインターネットユーザーの50.3%を占めています8。この新世代の中間所得者層は、デジタルマーケットプレイス(ネット上の商店街)やソーシャルメディアサイトからの製品の購入を好みます。こういった消費者行動のトレンドの変化により、従来の小売業者はより多くのテクノロジーを自社のビジネスに活用するようになるでしょう。

金融インフラの改善

フィンテックはeコマースにとって重要な要素で、この分野では中国が先導しています。2019年の調査において、中国の消費者はデジタル決済を好み、消費者の86%が商品購入時にモバイル(デジタル)決済を使用していることがわかりました。これは他のアジア諸国と比べてかなり高い割合です(図表5)。現在、アリペイは世界最大のモバイル決済プラットフォームで、中国では9億人(中国国外では3億人)のユーザーがいます9

200を超える金融関連のパートナー企業が、銀行口座の管理、個人間の送金、デジタル決済などのさまざまな金融サービスをユーザーに提供しています。

アジア全体で、新型コロナウイルスの影響によりデジタル決済の利用が増加しています。インドでは感染拡大を回避するために、デジタルウォレット(電子財布)による決済を消費者に求める店舗やeコマースプラットフォームが増えていると報告されています。また、2020年4月にインドで実施された調査10では、次世代オンライン決済システム“UnitedPaymentsInterface(UPI)”の浸透に伴い、デジタルウォレットが消費者の53%に好感されていることが示されました。同じ調査によると東南アジアでは、新型コロナウイルスの世界的大流行によるロックダウン(都市封鎖)中に、インドネシア、シンガポール、マレーシアにおいてデジタルウォレットとオンライン決済の利用が増加しました。各国には顧客の個人データや財務情報を保護するための独自の規制があり、それぞれの決済規制は、アジアにおけるeコマースのエコシステムを後押しする上で大いに役立つもの思われます。

急速に進むイノベーション

アジアの急速なeコマースの成長にもかかわらず、小売市場では、デジタル化やオンライン小売の専門知識に乏しい小規模な実店舗を有する小売業者が依然として大半を占めています。

バンク・オブ・アメリカ・グローバル・リサーチ11によれば、実店舗は依然として中国の小売売上高の75%、インドでは90%、インドネシアでは61%を占めています。つまり、革新的なeコマース企業は、これらの“分断された”市場の潜在性を掘り起こしビジネスの機会が得られると考えらます。

中国の農村部のライブストリーミング(インターネット上のライブ配信)はその好例です。新型コロナウイルス発生初期の数週間、多くの農家は、家庭で果物や野菜の需要が急増したにもかかわらず、大量の腐った農産物を廃棄しなければなりませんでした。これらの農家を救うために、eコマースの巨人JD.comとアリババが所有するタオバオは、農村部のライブストリーミング事業をすばやく立ち上げ、オンラインストアを構築し、農産物を農家から最終消費者へ届けることに貢献しました。

2020年3月の時点で、6万人以上の農家がタオバオを利用して全国で農産物を販売しています。新華社通信によると、2020年1月から4月にかけてオンラインで販売された農産物の総収入は2億8,300万元に達し、昨年より28%増加しました。12イーストスプリング・インベストメンツ・シンガポールの中国株式ポートフォリオ・マネジャーであるKieronPoonは、「オンライン化が進んでいない“分断された”農家をeコマースプラットフォームに取り込む過程で、充実した物流配送ネットワークと共にライブストリーミングが、急速な成長を遂げる“新たなeコマースのスタンダード”になる」と考えています。

図表5: モバイル決済を使用する消費者の割合(2019年)

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また、中国のeコマースの浸透(現在、総消費量の24.1%)13は、農村部におけるeコマースの拡大等を背景に今後も成長し続けると予想しています。

もちろん、このようなイノベーションは中国に限定されません。インドでは、通信大手のリライアンス・ジオの携帯アプリ“JioMart(ジオマート)”がキラナ(インドの伝統的な家族経営の小規模小売商店)と提携し、食料品・日用品のeコマースを支援し、顧客へのタイムリーな配送を実現しています。その高い成長性については広く認識されており、同社には世界中の投資家からの投資資金が集まっています。2020年4月、米国のフェイスブックは、リライアンス・ジオの株式の9.99%を購入することに同意しました。これは、インドのeコマース市場における潜在的な成長性の高さへの評価の裏付けと捉えられます。インドでeコマースの認知度と普及率が高まる中、イーストスプリング・インベストメンツ・シンガポールのインド株式ポートフォリオ・マネジャーであるKrishnaKumarは、「これまでのビジネスモデルにテクノロジーを採用する中小企業が増えること、またそれによって投資と資本フローが増加することを期待しています。同時に、市場を外資系企業に開放することで、インドのeコマース市場の発展が加速していく」と見ています。

まとめ

強固な物流ネットワーク、中間所得者層の台頭、金融インフラの改善と急速な革新により、アジアのeコマースの収益が増加し、GDP成長率と生産性の向上につながると考えられます。同時に、このアセットライトビジネスモデル(企業の保有する資産を必要最小限に抑えたビジネスモデル)は、小規模な起業家や新興企業がより大きな市場にアクセスしやすくなることで競争を激化させる一方で、アジアの“経済的包摂”を高めます。そして、消費者にはより多くの“選択肢”とより高い“価格の透明性”がもたらされます。

eコマースによって生成された大量のデータを利用して顧客とやり取りし、カスタマー・エクスペリエンス(顧客の経験価値)を向上させることができる企業は、ビジネスにおける優位性が高まる可能性があります。投資家にとっては、デジタル化が加速する中で現在のビジネスモデルや経済がどのように機能するかを評価する際に、これら全ての関係性を理解することが重要となります。そして、投資家が競争環境の変化に合わせて市場調査や分析方法を進化させる必要があることも意味します。