アジアのヘルスケア産業:成長への道のり

世界の医療体制は新型コロナウイルスとの戦いの中で大きな課題に直面しています。感染拡大は、医療インフラや研究体制への投資計画のきっかけともなりますが、一方で現状の医療体制と医療能力の問題点をあらわにしました。同時に、テクノロジーの進化が新時代のヘルステック(医療と情報技術(IT)の融合)企業を生み出す中で、興味深い投資機会の存在も明らかになりました。

新型コロナウイルスの震源地となったアジアは、程度の差はあるものの、感染拡大にうまく対処してきています。アジアの一部の国では、2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)発生後の経験や医療投資などから得た教訓が活かされました。一方でその他のアジア各国では、新型コロナウイルスを封じ込めようとした結果、長年にわたるヘルスケア支出の不足が浮き彫りになりました。

新型コロナウイルスの感染拡大は、医療機器の十分な備え、ワクチンの研究開発の重要性、ウイルスを封じ込めるための医療技術、その有効性に至るまで、多くの問題を浮き彫りにしてきました。これらの問題は、医療分野におけるサプライチェーン(供給網)の信頼性、研究費、医療のデジタル化の進捗にも影響を与える可能性があります。

感染拡大による経済的コストは莫大なものとなっています。この事実を踏まえて、次なる危機に備え各国でヘルスケア支出の大幅増加が正当化されるべきであると思われます。実際に、人口の増加と高齢化、慢性疾患の増加、健康意識の高まり、などを背景に医療需要は増加傾向にあります。

こうした兆候は、世界人口の60%を占めるアジアで特に顕著です。また、2030年までには世界の65歳以上の人口の60%をアジア地域が占めると予測されています。アジアにおける医療費の総額は2024年1までに年間4兆米ドルを超えると推定されており、病院、在宅医療、遠隔医療、医療機器、医薬品研究の分野がその牽引役になると予想されています。

アジアの競争優位性

ヘルスケア産業の主要セクターは、次の4つに分類できます。①ヘルスケアサービス・施設(総合病院、地域病院、マネージドケア(管理医療))、②医薬品メーカー(製薬・バイオテクノロジー)、③医療機器・装置・病院用品メーカー、④医療関連製品の販売業者、です。アジア地域のこうした企業(一部は大手グローバル企業も)は、今回の新型コロナウイルスによる健康危機の状況から、今後も恩恵を受けることができると考えられます。

イーストスプリング・インベストメンツ・上海のリサーチチームは、「中国は世界のヘルスケア産業供給網の回復に大きく貢献していると考えられます。中国は、製薬業だけでなく受託研究サービスなどのサービス部門でもその高い評価を得ています。」と述べています。

中国は低価格の医薬品原薬(医療品有効成分)製造分野で主要プレーヤーとなっています。一方、高価格原薬は主に欧米やインドで製造されています。ただし、高価格原薬の生産を中国に移す傾向が過去10年間で見られており、特に新型コロナウイルス感染症の拡大後、その流れが強まっている模様です。高価格原薬の需要の高まりを受け、中国の製薬業の製造能力はさらに向上していくと考えられます。

また、中国におけるワクチンや画期的な医薬品の研究開発は、新型コロナウイルス感染症が世界で猛威を振るう中、前例のないスピードで進んでいます。現在、中国はワクチン臨床試験で世界をリードしています。さらに、新型コロナウイルス感染症の流行後にコスト管理がより厳格化され、医療業界における構造改革が進み医薬品の入れ替え頻度が高くなることが予想されます。イーストスプリング・インベストメンツでは、中国の製薬業界のイノベーションは加速すると考えており、同セクターに対する確信度の裏付けとなっています。

一方、「マレーシアは世界最大級の医療用手袋の製造国で、世界シェアの約65%を誇っている」とイーストスプリング・インベストメンツ・マレーシアのリサーチヘッドであるLilianSeeは述べています。新型コロナウイルス感染拡大後、各国は自国で医療用手袋を使用するために生産能力の拡大を進めている模様です。しかし、マレーシアの医療

用手袋製造企業は、効率的な生産ラインを活用し技術面で業界をリードしており、他国の医療用手袋の生産が増加しても価格にそれほど影響を及ぼさない傾向があります。また、同国は医療機器の分野でも優位に立っています。半導体、金属プレス、プラスチック産業における強力なエコシステム(生態系)を有しており、カテーテル、注射器、針、X線装置などの医療機器の製造に使用される部品等の最適な調達拠点となっています。

他国でも、医療分野におけるその高い製造能力を示しています。イーストスプリング・インベストメンツ・台湾の株式リサーチチームのNelsonYehによると、「台湾のマスクメーカーも急激な需要増に応えるため迅速に製造を開始しました。世界の企業が製造拠点を分散化し、特定企業への依存度を下げようとしているため、このような動きは好機と捉えられます。台湾の医薬品原薬メーカーも、この製造拠点の分散化の流れから恩恵を受ける可能性があります。」と述べています。

新型コロナウイルス拡大が医療分野の投資を促進

イーストスプリング・インベストメンツ・インドネシアでは、「インドネシアでは病院のベッド数や医療従事者が不足しているため、今後も病院のインフラ整備が医療関連分野の大きな成長ドライバーになる」と考えてます。また、医薬品原薬の輸入量を現在の90%から2023年までに65%に削減するために、インドネシアでは一部の現地上場企業が原薬生産能力の拡大を計画しています。

同様に、新型コロナウイルス感染症のワクチンや治療薬の製造を急ぐ動きは、感染予防への投資が増えることから製薬業界にも利益をもたらすと考えられます。インドのジェネリック医薬品(後発医薬品)メーカーの中には、新型コロナウイルスの感染患者を治療するための世界的な取り組みから恩恵を受けている企業もあります。例えば、米国食品医薬品局(FDA)は、新型コロナウイルス感染症に対応するために、ジェネリック版の喘息用吸入薬の承認プロセスを迅速化しました2

また、投資機会がヘルスケア分野に限定されないことにも注目したいと思います。例えば、ゴム製造業は医療用手袋の需要増加の恩恵を受けることになります。医療用ワイヤー製品、医療用ブレードなど様々な医療部品の製造に使用されている原材料の1つである鉄鋼の需要も増加すると見ています。同様に、プラスチックも様々な医療用品や医療機器用部品の主な原材料となっており需要増加の可能性があります。

他にも投資が急速に伸びることが予想される分野として、新型コロナウイルスを封じ込める上でテクノロジーをうまく活用したデジタル・ヘルスケアが挙げられます。ヘルスケア分野と情報通信技術の融合は、結果的により効率的な医療システムの構築と医療費の削減につながると考えられます。

ヘルステックがアジアのヘルスケアを変革する

インターナショナル・データ・コーポレーション(IDC)のレポートによると、アジア太平洋地域におけるヘルスケア関連の情報技術(IT)部門の支出は、ソフトウェアとITサービスに牽引され、2019年の122億米ドルから2022年には149億米ドルと、年間平均成長率で約7%増加すると予測されています3。支出額が最も多いのは中国で、シンガポール、オーストラリアが続きます。

テクノロジーを活用するメリットはヘルスケア産業全体でも明らかです。例えば病院では、ドローンで薬を配送することが可能となることで、看護師は患者のケアにより多くの時間を割けるようになります。また、医療記録をデジタル化することで事務的な負担が軽減され、全体的な生産性が向上します。

もう一つ注目を集めているのが医療用のウェアラブル(身に着けられる)機器です。糖尿病などの生活習慣病の増加に伴い、定期的に患者の健康状態を測定する必要性が生じています。患者が装着したウェアラブル機器で記録された臨床データにより、医療提供者は患者とのつながりを維持しながら、タイミングよく対応を取ることが可能となります。アジア太平洋地域のウェアラブル医療機器市場は、2020年から2030年の間に世界のどの地域よりも高い成長を遂げると予測されています4

オンライン医療サービスも、新型コロナウイルス感染症以降、成長が加速しています。(図表1)遠隔医療の人気の高まりにはいくつかの要因があります。第一に、医師は離れた場所から患者の治療を行うことができ、患者は遠隔地にいても医療サービスを受けることができる点。第二に、特に新型コロナウイルス感染症によるロックダウン(都市封鎖)中の患者でも医療サービスが受けられる点。第三に、医療資源を最適化し、需要急増時の医療体制への負担を軽減することが可能である点です。

図表 1: アジア太平洋地域ではオンライン医療が拡大

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次世代通信規格「5G」の普及に伴い、健康管理のデジタル化の動きは今後数年で拡大することが予想されています。将来的に健康管理は、その利便性や手頃な価格だけでなく、健康状態の予測や予防ケアの分野にも焦点が当てられるようになるでしょう。すでに、インド、中国、シンガポールは、主要なヘルステック拠点として頭角を現しています5

今後の展望

アジアのヘルスケア市場の規模、成長性、業界を変革するテクノロジーの力を考えると、より多くの大手テクノロジー企業による新興ヘルスケア企業とのパートナーシップの締結や出資などが増えていくと考えられます。(図表2)アップル、アマゾン、グーグルはいずれもヘルスケア分野への進出を開始しています。顧客のニーズに応えた医療ソリューション(解決策)を提供できる企業は、より多くの市場シェアを獲得できると見ています。

一方、遠隔医療の進歩には、患者の利益を保護するために強固かつ一貫性のある規制の整備が必要となります。新しい技術の進化と規制に対する信頼性は、保有する個人データを保護できるかどうかにかかっています。 また、医療におけるサイバー脅威に対処するソリューションへの需要も高まるでしょう。

図表 2: ヘルスケア市場に続々と参入するテクノロジー大手企業

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医療賠償責任もまた、依然整備が遅れている領域です。大手ハイテク企業は、ヘルスケアのツールを構築するための人員、技術、知識は十分に有しています。しかし、予測デバイスが誤動作を起こして間違ったアドバイスを提供した場合に発生し得る医療賠償責任に対処する体制は、まだ確立されていないと考えられます。これらの問題に対処する明確な枠組みの整備が必要となります。

テクノロジーとヘルスケアを融合することで、ヘルスケア産業の全体的な質が向上することは間違いないでしょう。しかし、アジア太平洋の各国・地域の医療体制や状況がそれぞれに異なることを踏まえると、差別化された技術や顧客毎に個別の解決策の提供が可能で、幅広い顧客層を惹きつけることができるヘルステック企業が成功を収めていくとものと考えています。