アジアの金融セクター: 挑戦への道筋

現在、アジアの銀行の多くは2008年の世界金融危機の頃に比べてより強固な体質となっていますが、コロナ後の経済回復に時間がかかればかかるほど、同セクター内で再編が行われる可能性が高くなると考えられます。今後の懸念材料として、銀行の資産の質や収益性の低下、デジタル化による異業種参入などが挙げられます。業務運営と財務面のレジリエンス(回復力や柔軟な対応力)が成功のカギになると思われます。

新型コロナウイルスは多くの企業、そして経済に悪影響を及ぼしてきました。経済活動は徐々に回復しつつありますが、多くのセクターでは引き続き厳しい状況下にあります。特に銀行セクターは、経済的ストレスが金融危機のきっかけになるとの懸念から、その成長性が注視されてきました。米ドル調達市場が悪化するリスクを念頭に、多くの国の中央銀行は米ドル流動性供給を一層拡充するべく、米連邦準備制度理事会(FRB)と協調行動をとりました。このような状況下、世界の銀行システムが果たして長期にわたるストレスに耐えられるかどうかという点に高い関心が寄せられています。

各国当局は、金融機関を支援し金融システムの十分な流動性を維持するために、債務の返済期限の延期、不良資産基準の緩和、信用保証など、対策を講じてきました。

しかし、これらの対策は暫定的な救済策にすぎません。銀行は、平時の規制基準を用いて資産の質をモニターすることや、十分な資本バッファー(必要とされる上乗せ分の資本)を徐々に積み増すことを依然として要求されています。これは最終的に金融システムのリスクにつながる金融危機の警戒サインを素早く察知し、対応できるようにする必要があるからです。

アジアの銀行の脆弱性の検証

世界の銀行セクターは、2008年の世界金融危機以降、大きな構造変化を遂げてきました。一般に、アジアの銀行の多くは資本と流動性のバッファーを積み上げ、レバレッジを低下させてきました。その結果、今回の新型コロナ前の時点で、スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)はアジア太平洋地域の銀行システム20件のうち19件について、見通し(ア ウトルック)を安定的としていました。また、2020年時点でのTier1自己資本比率は、同地域全域で11%を超えています。(図表1)

図表1:2007年以降、上昇し続けている銀行自己資本比率

Fig-2-Asia-ecom market

バーゼルIII国際銀行規制の下、銀行はリスク調整後資産の10.5%を最低Tier1比率として維持し、かつ、リスクベースでの総自己資本比率を12.5%以上に維持しなければなりません。一方、不良資産も体力のある銀行では世界的に減少傾向にあり、中でもアジア太平洋地域の銀行は非常に低い数値となっています。(図表2)

図表2:銀行の不良資産は減少傾向

Fig-2-Asia-ecom market

アジア各地におけるイーストスプリングの運用チームは、各国の銀行セクターについて以下のような見解を示しています。イーストスプリングの上海拠点のリサーチチームは、「経済活動の停滞が失業率を押し上げて家計所得を圧迫する中で、特に個人向け貸出部門での不良債権が増加しており、中国の銀行の資産の質にはやや下押し圧力がかかる」と予想しています。ただし、「経済活動が再開されたことから、金融機関ではデフォルト(債務不履行)や延滞が徐々に減少していく」とみています。

いずれにしても、金融システムにおける資本バッファーを十分確保することによって、リスクを幅広くカバーすることができます。中国人民銀行(中央銀行)は十分な流動性を供給し金利を引き下げて、経済を下支えしてきました。さらに重要なのは、政府が過去数年にわたって財務レバレッジを抑制し、システミックリスクの軽減を図ってきたことです。

イーストスプリングのインドネシア拠点によると、同国の銀行業は自己資本が充実しており、規制当局は新型コロナウイルス関連のストレステストを実施済みです。一般に、金融システム上重要な銀行の資本バッファーは十分であり、業界全体の不良債権比率が7%を超える状態にも耐えることができると想定されています。さらに、インドネシアの最大手行は配当を抑制しておらず、規制当局も配当抑制の勧告を出していません。これは金融システム上重要とされる銀行の資本基盤が強固であるためです。一方で、自己資本比率がまだ低く、不良債権比率が高い小規模で高リスクの銀行も多く存在しており、そのような銀行は最低資本要件を大幅に下回り、再編または資本増強を迫られる可能性があります。

一方、イーストスプリングのマレーシア拠点のリサーチチームのヘッドであるLilianSeeは、「マレーシアの銀行の不良資産は徐々に増えるだろう」と述べています。マレーシア国立銀行(中央銀行)の対策により、銀行が個人と中小企業を対象に融資の返済を6ヵ月間自動的に猶予できるようになったためです。大手企業も融資の条件変更や返済延期を銀行に申請することができるようになりました。しかし、ストレステストでは、現在のところ、資本の毀損や配当の減額はまだ見られていません。

こうした見通しがある中で、格付け会社は、「長期にわたる景気悪化が企業の信用力に影響を及ぼす」と警告しています。デフォルト件数の増加は銀行セクターの不良資産の急増を招き、格付けの引き下げへと繋がり、再度の金融市場逼迫の引き金となるでしょう。S&Pは、2020年における銀行資産の質のレジリエンス(回復力や柔軟な対応力)は政府と規制当局の政策対応の成否に左右されると繰り返して述べています。またムーディーズは、「アジアの各国政府は、金融危機の波及を回避するために金融システム上重要な大手行を支援する可能性が高い」とみています。

長期化する収益性の問題

銀行の抱える問題は、信用破綻の増加懸念だけではありません。世界金融危機以来の低金利状況は、銀行の収益性を圧迫し続けてきました。今回さらに深刻な危機に直面したことで、各国の中央銀行は超金融緩和的なスタンスを取るようになりました。さらに長期にわたる金利の低下が見込まれるため、銀行収益は今後数年間一層圧迫されるでしょう。

イーストスプリング・グループのタイのTMBアセットマネジメントの最高経営責任者(CEO)であるSomjinSornpaisarnは次のように述べています。「タイの銀行には業務純益の減少、すなわち、貸出残高、純金利収入および非金利収入が減少するリスクがあります。それでも、タイの銀行は現在、1997年のアジア金融危機の頃より健全と考えられています。例えば、足元の不良債権カバー比率(貸倒引当金の不良債権に対する割合)は1.4倍を上回っていますが、2019年末の預貸率は92.6%であり、アジア金融危機当時の134.8%を大幅に下回っています。」

また、タイ銀行(中央銀行)は金融機関向けの緩和策として、金融機関開発基金への拠出率(すなわち、財務ストレス時に経営が悪化した金融機関の支援に使用される基金の負担割合)を預金残高の0.46%から0.23%に引き下げました。これにより、タイの金融機関は営業費用を削減しやすくなり、ひいては企業や家計向けの貸出金利を引き下げられるようになりました。

同様に、インド準備銀行(中央銀行)もインドの銀行システムを支援する対策を実施しました。インドの銀行は困難な時期に直面しています。新型コロナウイルス危機が発生する前でさえ、景気減速により、資産の質が低下し、収益が低迷していました。

コロナの世界的大流行により、苦境がさらに深まるでしょう。不良債権の増加懸念から、多くの関係者は取引や支出の総額が著しく落ち込むと予想しています。

収益性の低下は、銀行が融資を提供する能力を妨げ、経済に必要な信用力さえ奪う可能性があります。国内における貸出・預金の比重が高い中小地方銀行、預金コストがゼロ付近でこれ以上引き下げられない銀行、そして変動金利のビジネスローンを扱う銀行が最も大きな打撃を受けるでしょう。これらのセクターは再編される可能性が高いと思われます。

レジリエンスを支えるテクノロジー

今回のパンデミックの中でひときわ目立つ1つの重要な特徴は、銀行やノンバンク金融サービス会社が見せたレジリエンス、すなわちリスク局面における継続力や回復力です。経済封鎖に直面し、多くの銀行は行員が自宅から継続して業務を行い、顧客にサービスを提供できるようにしなければなりませんでした。一方、顧客側ではデジタルバンキングに消極的であった人さえも突然それを受け入れざるをえなくなりました。

テクノロジー企業と提携して口座開設時に遠隔で行う顧客調査・確認、マネーロンダリング防止および不正行為検知システムを確立していた金融機関には、競争上の優位性があります。同様に、このデータ主導の時代においては、サイバーセキュリティに巨額投資し、多要素認証、安全性の高いアプリケーション、生体認証などの機能を導入する銀行が勝ち組となるでしょう。例えば、タイの金融機関は人工知能を使用して顧客の信用評価を行っており、支払履歴が一貫して良好な顧客は低金利で融資を受けられます。

シンガポールの銀行はスマート国家構想に従って、各行のデジタルトランスフォーメーション戦略に巨額投資を行っています。その目的は、Webサービス上の顧客との接点において、顧客の体験の質を向上させ、弱点をできるだけ少なくするとともに、その裏側にあるデータベースのシステムなど、インフラも更新・変革して機動性をできる限り高めることにあります。結果として、デジタルトランスフォーメーションを行っている金融機関は、業務運営のみならず財務面においても非常に高いレジリエンスを実現するための根幹となる部分を築いています。

オープンバンキングの今後のポイント

「フィンテックおよびデジタルバンキング」レポート1によると、アジア太平洋地域では市場開放と新規銀行免許が発行されることで、2025年までに新たに100社の金融機関が設立される見込みです。 オープンバンキング(銀行が金融機関以外の企業とサービスの展開を進めること)が進むことで、セクター内のデジタル競争やイノベーションの促進が予想されます。シンガポール金融管理局(中央銀行)は、アプリケーション・プログラミング・インターフェースの使用に関するガイドラインを2016年に整備し、この流れにいち早く対応した規制当局の一つでした。このガイドラインの整備により、銀行とフィンテック企業や金融以外の異業種企業との間で関連するデータセットの共有が進みました。シンガポールにおける金融セクターのデジタル化の最新動向としては、2020年後半に開始される予定であるデジタルバンキング免許の付与が挙げられます。

イーストスプリングのシンガポール拠点の株式運用チームによると、「シンガポールで銀行業に新規参入する主なメリットは、(定着率が非常に高くなり得る)低コストの預金基盤と、信用力評価が定着した環境がすでに築かれていること」としています。低コストの預金基盤によって、新規参入するデジタルバンクが新たな顧客を獲得し、既存のブランドやアプリケーションに代替する可能性があります。ただし、その口座を預金額の少ない補助的な口座としてではなくメインの口座として顧客に使用してもらえるかどうかは課題となりそうです。信用力評価の面では、特定のニッチな分野について深い知見を持ち、従来とは異なる新たなタイプのデータを取得できる異業種の企業にとって、大きな強みとなるでしょう。たとえばライドシェア(自動車の乗合サービス)や食事の宅配サービスを運営するGrabなどが一例です。

こうした流れによって、異業種から銀行業に参入する企業に対する一般的な信頼度が引き続き高まっていくことが期待されます。マッキンゼーの「銀行顧客の今後に関する調査」2では、大部分の回答者が巨大IT企業に金融ニーズへの対応を期待していることが分かりました。現在、アジア太平洋地域の銀行顧客のうちデジタルバンキング・チャネルを積極的に利用しているのは30%程度にすぎませんが、同地域のデジタルバンキングの前途は明るいとみています。また異業種から参入する企業の商品・サービスが、銀行口座を持たない、または十分な金融サービスを享受できていない階層の人々に提供できるようになれば、金融包摂が推進され、将来的に所得格差が縮小することが期待されます。