アジアの観光業: これからの長い道のり

アジア太平洋地域に訪れる観光客の4分の3以上 はアジア人です。新型コロナウイルスの影響による 海外旅行の制限はまだ残っていますが、国内旅行 は回復の兆しを見せており、一部では域内におい ての“トラベルバブル*”が検討されています。世界 の同セクターと比較して、アジアの旅行・観光セク ターは、ポストコロナにおいてより優位なポジション にある可能性があります。
*渡航制限を解除して大きな泡(バブル)をつくりその中で域内旅行を再開する構想

渡航制限を解除して大きな泡(バブル)をつくりその中で域内 旅行・観光業は、アジア経済の成長と雇用において 大きく貢献しています。中間所得層の拡大、ビザ承 認の迅速化、アクセス向上により、アジア太平洋地 域の旅行・観光業の収益は2019年に対前年比 +5.5%、2兆9,710億米ドルとなり、同地域の国 内総生産(GDP)の9.8%を占めました1。カンボ ジア、タイ、フィリピンなどアジアの一部の地域では、 旅行・観光業が自国のGDPの20%以上を占めて います。

図表1:アジア経済における旅行・観光業の割合は高い - 国内総生産(GDP)に占める旅行・観光業の割合

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世界旅行ツーリズム協議会およびオクスフォード・エコ ノミクスの調査によると、2014年から2019年にかけ て、アジアで合計2,150万人の旅行・観光業の雇 用が新たに創出されました。アジアで2019年に旅 行・観光業で雇用された人数が最も多かったのは中 国とインドでしたが、雇用者数全体に占める同業の 割合でみるとフィリピンとタイが高くなっています。(図 表2)

図表2:旅行・観光業の雇用者数が多い国2

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新型コロナウイルス感染症の発生は、多くのアジア 経済にとって重要な旅行・観光業に大きな影響を 及ぼしています。旅行制限により、アジア太平洋地 域への外国人観光客の渡航は、2020年1月から4 月の間に前年の同時期と比較して51%減少しまし た。これは世界的に最も急激な減少です。 (図 表3)

図表3:地域別の外国人観光客数(2020年1月~4月)

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この急激な減少は、ロックダウン(都市封鎖)や ソーシャルディスタンス対策と合わせて、アジア太平 洋地域で1億8,220万人の観光関連雇用、つまり この地域で雇用されている総人数の9.6%を窮地に 追い込んでいます2。

世界旅行ツーリズム協議会による最近の研究では、 2020年のアジア太平洋地域の基本シナリオとして、 “新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流 行)が6,930万人の観光関連雇用(GDPで1兆 1,370億米ドル)を失わせる可能性がある”と示唆 されています。

国内旅行へのシフト

新型コロナウイルスに有効なワクチンが開発されるま でにはまだ時間がかかる可能性が高く、多くの国際 線も運休しているため、海外旅行に行けないアジア の旅行者は、レジャー旅行への欲求を満たすべく、 国内に目を向けました。

中国では新型コロナウイルス感染症発生の封じ込 めに成功した後、政府はロックダウン措置を積極的 に緩和しています。2020年5月、上海ディズニーラ ンドは国内の来場者向けに、入場者数を減らした 上で再開しました。米ホテルチェーン大手ヒルトン・ ワールドワイドは、厳格な健康・衛生対策を実施し ながら、中国で展開するすべてのホテルを再開しまし た。それ以来、同ホテルチェーンでは、週末や休日に、 観光地に近い都市の近距離ツアーへの需要が著し く高まっています。公式のデータ3によると、今年の メーデー5連休の間、中国では国内観光客が合計 1億1,500万人に達し、国内観光収入は476億 人民元(67億米ドル)となりましたが、それでもそ の数は昨年の水準を50%下回っています。

国内観光業の勢いが増したのをみて、7月に中国 文化観光部(MCT)は景勝地における観光客の 上限を最大収容人数の30%から50%に引き上げ ました。

現在のところ、中国の行楽客は車や電車での短距 離のレジャー旅行を選好しており、旅行期間は短期 化しています(1週間程度)。中国の飛行機を 使った旅行の需要回復は、車での旅行には遅れを とっているものの、中国の航空会社は国内旅行の回 復から恩恵を受けていることから、米国や欧州の同 業他社に比べると業績の回復が進んでいます。 (図表4)

まだ、中国の旅行・観光業の回復は遅いものの、 イーストスプリング・シンガポールの中国株式ポート フォリオ・マネージャーであるNathan Yuは、「新 型コロナウイルスは中国では“十分に制御”されており、 MCTは旅行代理店やオンライン観光会社が地方 間のグループツアーやフライトを再開することを許可し たことで、国内旅行は徐々に回復する可能性が高 い」と指摘しています。

図表4:世界の航空提供座席数の増減(前年同期比%)

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最近のUBSによる調査4では、中国のTier 1(一 線都市)およびTier 2(二線都市)の回答者の 90%は“以前は旅行計画をキャンセル”していました が、55%は“国内旅行を再開する予定である”と述 べました。レジャー旅行に対する需要が高まるにつれ、 Nathanは、「中国国内の富裕者層向け観光事 業が恩恵を受ける可能性がある」と考えています。ま た、「新型コロナウイルスのワクチンが利用可能にな れば、中国の国内旅行業界に一時的なブームが到 来する可能性がある」と付け加えます。

他のアジア諸国もまた、海外からの観光客の減少を 補おうとしています。タイでは、国内観光の回復に向 けて、政府が224億バーツ(7億2,300万米ド ル)相当の3つの景気刺激策を承認しました5。政 府は、観光地において500万泊分のホテル宿泊に ついて、通常の客室料金の40%を補助します。 ケータリングを含むその他のサービスの場合、助成金 の上限は1室1泊につき600バーツです6

タイのTMBAM イーストスプリングの投資戦略マ ネージャーのBodin Buddhainは、 「景気刺激 策がタイの国内観光を大いに後押し、同施策の恩 恵を受けるホテル(主に4-6つ星)が最も利益を 得る」と考えています。国内の観光業が回復し続け る中、ホアヒン7などの人気観光地で再開したホテル の稼働率は上昇しています。Bodinは、、「このインセ ンティブがレンタカーやレストランなどを運営する中小 企業を助け、現在の危機を乗り越えることにつなが る」と考えています。

マレーシアでは、新型コロナウイルス感染症の発生が 現在制御されており、州間の短期旅行が勢いを増 しています。イーストスプリング・マレーシアのリサー チ責任者、Lilian Seeは、「マレーシア人は、週末 にリラックスしたり、親戚を訪ねたりするための1〜4時 間離れている目的地への“短い休暇”がとても好きで す。」と述べています。また、「オンライン旅行予約 サービスプロバイダーは、国内旅行の回復で恩恵を 受ける可能性が高い」とも述べています。マレーシアの航空会社は、経営維持のために、旅行 者が今すぐ予約して、後でも旅行が可能なフレシキ ブルなチケットも提供する予定です。とは言え、 Lilianは、「新型コロナウイルスの感染者数が低 下し、パンデミック以前の状況に戻るのに要する 期間が1〜2年と思われる場合にのみ、国内観 光業は改善し続ける」と考えています。

域内旅行が次のステップ

旅行・観光業の回復を支援する次のステップは、地 域観光を促進することです。アジア太平洋地域への 観光客の80%近くが同地域内からの旅行者である ことを考えると、これは大きな効果が見込めるでしょう。 (図表5) 実際、中国人観光客の90%がアジア を旅行しています。

3月に国内観光が再開されたため、中国は現在、 感染症発生の封じ込めに成功した近隣諸国である 香港、台湾、韓国と“トラベルバブル(近隣の域内 旅行)”構想を検討しています。同構想下では、 観光客は自主隔離を強制されることなく自由に旅 行することができます。

図表5:アジア太平洋地域への渡航者数のシェア(2019年)

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韓国では6月30日、韓国観光公社が“中韓バブル (中国・韓国の域内旅行)”構想に先立ち、 Ctrip(中国のオンライン旅行大手)との提携を発 表しました。韓国の旅行商品をソーシャルメディアの WeChatやCtrip.comのウェブサイトで中国の観光 客向けに宣伝・販売することが目的です。これらの 商品には、高級ホテルやテーマパーク、スキーリゾー トなどの人気の観光地が含まれます。

タイでは、インバウンド観光客数と観光収益の30% 近くを中国が占めているため、バンコクと中国の特定 の都市との間での移動制限を設けず、旅行者の流 入を許可することを検討しています。この取り決めは、 日本、韓国、ベトナムにも拡大される予定です。

シンガポールは、6月初旬に中国の6つの省と地方 自治体8との間で出入国審査の手続きを迅速化す る「ファーストレーン(優先レーン)」を設けると発表 しました。さらに、8月上旬にマレーシアとの国境を越 えて人が相互に移動するための新たな枠組み「グ リーンレーン」を設け、重要なビジネスと公式の旅行 を促進することを計画しています9.

まだら模様の航空業界

各国において一部の旅行制限は緩和されています が、行政機関によって課される14日間の強制隔離 は引き続き実施されています。執筆時点では、当局 間で明確な合意に至るまでに多くの時間が必要で あるため、アジアの“トラベルバブル”はまだ正式なもの となっていません10。“真のトラベルバブル”の構築に 先立ち、イーストスプリング・シンガポールの中国株 式ポートフォリオ・マネージャーであるBonnie Chanは、、「ほとんどの中国の航空会社は国内旅行 から収益の大部分を得ているため、年内は他国の 航空会社よりも回復力がある」と考えています。

一方、アジア地域全体では、戦略的に重要な航空 会社は政府から財政支援を受けていますが、それ 以外の航空会社は、経営危機により財務状況が 悪化しているため、資金調達において大きな障害に 直面しています。

後者は、この危機において“チャンスを模索している、 資金を多く有す航空会社”の買収ターゲットになる かもしれません。

航空会社以外の航空関連における主要な業種と して空港管理・運営業がありますが、これらは飛行 機を使った旅行の需要と密接に関係しているため、 航空会社とともに業績は回復するとみています。た だし、航空機製造業とそのグローバルサプライチェー ンを形成する企業は、新型コロナウイルス以前の業 績に戻る最後の業種となると思われます。

アジアの観光業への投資機会

アジアの経済成長と雇用に対する大きな貢献度合 いを考えると、旅行・観光セクターは同地域のポスト コロナの経済回復のカギとなります。地域内を旅行 するアジア人観光客の高い割合を考えると、国内観 光の回復と域内“トラベルバブル”の創出は、当該セ クターの回復を後押しするでしょう。アジアの旅行・ 観光セクターは、新型コロナウイルス感染症の拡大 による悪影響から回復する過程で、その恩恵を受け る立場にあります。

アジアにおいては、国内および地域の往来が回復し つつある旅行・観光事業は、これまで海外旅行を選 好していた顧客層を取り込むことで、短期的には利 益を得ることができるかもしれません。これら事業には、 一部の旅行サービス業や免税店が含まれます。企 業がさまざまな圧力に直面している中、同地域で魅 力的かつ長期的な投資機会を見極めるためには、 選択力と地域の専門知識がカギとなることに変わり はありません。

また、旅行者に安全かつ満足度の高い体験を提供 するには、効率的な“健康かつ安全な取り決め”を 確立する必要があります。新型コロナウイルスが収 束に向かったとしても、アジアの旅行・観光業がコロ ナ前の水準に戻るまでには何年も要する可能性が あり、たとえ戻ったとしても、新型コロナウイルス以前と 同じように旅行できる保証はありません。